私の2月

2月1日
3泊の予定で京都の長男に招待されて午後飛行機に乗る
伊丹に着くと郷里の兄から電話が
「母の容体が・・・」
即、行き先を熊野に!
点滴をしてる母・・・
「来たよ~!!解る~?」
うんうんとうなずいて
「はい、解るよ~~♪」って
画像

画像


2月は母との別れの月になりました

何かが変わっていく
静かに変わっていく
今まで私は見守られていた
ひとつひとつ剥がされていくような
母が逝った
静かに逝った
私に青い海を見せるためだったように
静かに少しずつ逝った
私の気持ちの整理がつくように
物言えず・・・でも時折見つめて、力強く手を握りしめてくれて
画像

15日間毎日海を見させてくれた母
画像


感謝の2月
母に毎日会えた
物言えぬ母と手を握り心で話しかけるだけ
兄夫婦のお蔭・・・私はただ母に逢うためだけでなにもしなかった
施設の方が毎日の面会をさせてくれたお蔭
母は辛い表情を見せることなく静かに枯れて逝った
松山の次男夫婦は好きなだけ熊野にいていいよって
京都の長男夫婦は気持ちが落ち着くまで京都にと
松山に戻ったのは昨日

ありがとう
ありがとう
ありがとう

でもね、なんか、箍が外れてしまったよ・・・